◼︎ コトノハ ◼︎

本と芝居とラジオの日々 / all rights reserved

『広島に原爆を落とす日』つかこうへい

 手に取ってから読みはじめるまで、数年かかった。名作なのは知っていたが、日々の忙しさの中で疲れ、この作品と向き合う体力が、なかったのだ。それが戦後60年という夏、あらためて決意し、ページを繰れば、他のことが手に付かず、あっという間に読み終えてしまった。

 滅ぼされた朝鮮王朝の末裔、犬子恨一郎。日本軍に所属し、日本への忠誠を誓った彼は、やがて真珠湾を奇襲し、大和を沈没するよう、追い込まれて行く。彼は生きるためにあるものを捨ててきた。しかし最後には、その捨ててきたものだけが、信じられる唯一のものだったと気付かされる。そして彼は、最後の出撃に飛び立つ。

「おまえの美しさこそオレにとっての祖国だ」

「恋する男と女が添い遂げようとしているんです。国の一つや二つなくなりますよ」

「もし私が悪魔でなく人間であるなら、必ずや原爆投下ボタンを押した指先から私のからだは腐りはじめ、私の心に巻かれた自爆装置は、四十万広島市民の呪いとうめき声によってそのスイッチが作動し、私の五臓六腑は肉片となって飛び散ることでありましょう。そして私の魂は、遥か彼方、宇宙の塵となって、けっして許されることなく幾千万年もの時を旅することでありましょう。漆黒の闇を旅する意識体の孤独を癒すものは、かつて愛されたことがあるという記憶だけなのです。かつて愛したことがあるという記憶だけなのです。その宇宙のやさしさだけが、漂う孤独な魂の唯一の光明なのであります。私は何ら恐れてはおりません。何ら恐れることはないのであります」

 戦争や原爆、そして在日が描かれた作品で、そこに注目も集まるが、それ自体がテーマだとは、私は思わない。人間という存在、生きるという浪漫を描いた名作。

 ただ、気になることも一つ。広島の人は、この小説を読んで、あるいはこの舞台を見て、どう思うのだろうか。