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もう一度、キム・ヨナ(金妍兒)と浅田真央と

 バンクーバー・オリンピックになって、なぜ、キム・ヨナから興味を失ったのか。それを、人が盛り上がるとさめてしまう自分の性格の性にしていたが、今、ちょっと違った角度から考えられるようになった。そのきっかけは、平野啓一郎氏のtwitter上でのつぶやきだった。以下、ツイッターhttp://twitter.com/hiranok)からの引用。

フィギュアの採点の映像は興味深かった。
  http://twitter.com/hiranok/status/9772140435

F1やノルディック複合などでも顕著だが、フィギュアも結局、レギュレーション次第。キム・ヨナ(+陣営)は、スマートな戦略を採ったけど、結果は、トータルにすばらしかった。方向性としては間違っていないのか。プルシェンコの言うように、何度の高いジャンプはもっと評価されるべきだと思うが。
  http://twitter.com/hiranok/status/9772281326

表現においては、ある世界観の中で、どれくらい「伸び伸びと」パフォーマンスできるかが重要。未知の世界観にトライした浅田選手は苦労したんだろうなという感じだった。キム・ヨナ選手の方が、想像の及ぶ範囲の世界観を掘り下げてムリがなかった感じ。その印象は採点者の主観に作用したと思う。
  http://twitter.com/hiranok/status/9772413381

表現者、アスリートとして、個人的には浅田選手の取り組みに好感を持つけれど、「メダルを取りに行く」という意味では、キム・ヨナ陣営の方が、今回は洗練されていた。
  http://twitter.com/hiranok/status/9772487213

さっき、初めてフィギュアのエキジビションを見たけど、あの笑顔を見ていると、やっぱり、あれが浅田選手の世界なんじゃないかと思う。今回の取り組みも、長期的には生かされていくはずで、銀でももちろんすごいけど、4年後も頑張って欲しいな。
  http://twitter.com/hiranok/status/9777406827

 キム・ヨナ選手の完璧に完成された世界は、すばらしく美しかったが、心揺さぶられるタイプのものではなかった。むしろ意外にも鈴木明子選手の方に、心揺さぶられたくらいだった。そこだ、たぶん。
 もっとも、浅田選手がトライした「未知の世界観」のベースには、「ジャンプで勝たなければヨナに負ける」という恐怖心があったため、それは痛々しい世界観となってしまっていた。それはそれで残念なことだが、エキジビションの彼女から感じられたのは、次への期待感。4年前の安藤選手が、人から押しつけられる虚像を演じ、自分を滑れなかったように、今回の浅田選手もまた、自分を滑れなかった。ただ、次は。自分をベースに、未知の世界観を見せてくれることを楽しみに待ちたい。これまで少しも彼女のファンではなかったが、そんな思いになる、オリンピックだった。